2020年12月に実装された刀剣男士、大千鳥十文字槍(おおちどりじゅうもんじやり)についてサクッと解説。
大坂の陣で真田信繁の活躍に一役買った、大千鳥十文字槍とはどんな槍なのでしょうか。
大千鳥十文字槍(おおちどりじゅうもんじやり)
号 | 大千鳥十文字槍(おおちどりじゅうもんじやり) |
銘 | ー |
指定 | ー |
種類 | 槍 |
時代 | 不明 |
刀工 | ー |
刃長 | 全長:184cm、刀身:約30cm |
所蔵 | 真田宝物資料館(穂先のみ現存) ※幸村所用という十文字槍の穂先が残っています。 ※信繁所有? |
槍は刺突を目的とし、戦国時代にさかんに使用されていました。
戦場では主流の武器でしたが、狭いところでの使用には不利になる場合もありました。
真田宝物資料館の場所
真田宝物資料館は善名称院(真田庵)の境内にあります。
善名称院(ぜんみょうしょういん)(真田庵):和歌山県九度山町1413
近くに真田ミュージアムもあります。
真田信繁は大坂夏の陣にて、大阪の安居神社で討ち取られています。
その夏の陣で使用したとされる大千鳥十文字槍(穂先)が、なぜ九度山に残っているのか?
①大千鳥十文字槍は九度山に置いたままで、夏の陣では違う槍を使ったのではないか、という説もあるようです。
②同じような十文字槍を大坂で手に入れたのではないかという考え方もできますね。
③もしかしたら誰かが、穂先だけをこっそり九度山に持って帰ったとか。
真実は闇の中ですが、逸話になりそうなエピソードばかりですね。
大千鳥十文字槍 名前の由来
十文字槍
鎌槍の一種。
槍の両脇に鎌がついている細身の槍。
大千鳥
両脇の鎌が千鳥が羽を広げたように見えることから。
大千鳥十文字槍について
十文字槍はその形状から切っ先が3方向にあり、「突く」「引く」「払う」といった多彩な戦い方ができます。
そのぶん、扱い方には熟練した腕が必要とされました。
大千鳥十文字槍の全長は184cm。
この長い槍を振り回していた、身長160㎝程度の真田信繁。
ただの槍でも重いと思いますが、十文字だなんてもっと重いですよね。
大千鳥を持つのは、普通の武士にはできないことだったでしょう。
これを使いこなしていた真田信繁は、かなりの戦上手であったことが分かります。
真田信繁が愛用した槍は朱槍(しゅやり)と呼ばれ、その名前の通り、柄は朱漆で塗られていました。
朱色の武具は、戦でより戦功をたてた者のみが主君から賜るものです。
真田の赤備えは「誉れの証」でもあるのです。
大千鳥十文字槍は信繁が大坂夏の陣で使用した、と言われています。
戦功が多かった者は「槍働き」と呼ばれ、信繁もそう称されていました。
敵将の首を打ち取った者、敵を一番早く破った者は「一番槍」と言われ、非常に名誉あることでした。
有名な十文字槍に「人間無骨」「宝蔵院十字槍」「牛角十字槍」などがあります。
また、十文字槍を扱う流派として「宝蔵院流槍術」が有名です。
十文字槍を扱えた有名な武将として「加藤清正」「森長可」などがあげられます。
真田信繁の活躍について知ろう。
刀剣男士 大千鳥十文字槍
夏の陣の刀剣男士きましたね!
刀ステで真田信繁が活躍することは予想されましたが、愛槍までくるとなると、ますますの出番が期待されます。
大千鳥十文字槍の出陣セリフなどを聞くに、持ち手の真田信繁ゆずりの勇猛な性格をしているようです。
夏の陣で、家康の首を討ち取りに攻め入った時のことを彷彿とさせるセリフ「狙うは大将の首」がありますね。
「山に帰るぞ」は九度山のことですね。
馬とは仲良しな様子で、真田信繁と馬と槍、相性がいいと思われます。
静と巴との会話で二振りが、大千鳥のことを「物語を持たない」と言っています。
これは作者や出所が不明なこと、逸話を持たないことを指していると思われます。
大千鳥は「俺は真田信繁の愛槍」だと言っていますが、「誰が持っていたか」ということもポイント。
作者や出所が不明でも、持ち主によって逸話がつくことが刀剣たちの物語として大事なことなんですね。
また、大千鳥は「語り草」(伝説や逸話)にこだわっています。
「真田信繁の刀」であること以外に、逸話を持たないゆえのこだわりもあるようです。
真田信繁の脇差・泛塵について読む↓
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