一文字則宗(いちもんじのりむね)の持ち主は沖田総司? 刀剣乱舞

2021年1月に実装された刀剣男士、一文字則宗についてサクッとおさらいしていきましょう。

一文字則宗は特命調査「慶応甲府」の報酬で実装されました。

沖田総司・加州清光とも関係がある一文字則宗とは、どのような刀だったのでしょうか?

もくじ

太刀 一文字則宗(いちもんじのりむね)

則宗
指定国宝
種類太刀
時代鎌倉時代
刀工福岡一文字派 則宗
寸法刃長78.5cm、反り2.7cm
所蔵日枝神社

※ここでは国宝の則宗のデータを使用しています。

しかし、刀剣乱舞の「一文字則宗」は「菊一文字則宗」(存在しない刀)の可能性があります。

則宗と呼ばれる刀は複数存在します。

他に則宗と呼ばれる刀についてご紹介しておきます。

二ツ銘則宗

「革包太刀 (笹丸)則宗ノ銘アリ」(拵え(外装)を「笹丸」、刀身を「二ツ銘則宗」という)

重要文化財

愛宕神社所蔵

則宗 ①

銘「則宗」

長80.1cm、反り3.3cm。

重要文化財

岡山県立博物館所蔵(休館中)

則宗 ②

銘「則宗」

長80.2cm、反り3.2cm。

旧国宝

岡山県立博物館所蔵(休館中)

則宗 ③

銘「則宗」

重要文化財

三井記念美術館所蔵

福岡一文字とは

福岡一文字は備前(岡山県)の福岡で興ったことが由来になっています。

太刀が多く、その姿は古風で優雅です。

刃紋の丁子乱(ちょうじみだれ)が特徴的で、華麗な重花丁子乱(じゅうかちょうじみだれ)などが有名です。

※丁子乱れは丁子の実を並べた様子に似ていることから。

福岡一文字の始祖が一文字則宗、最盛期に作られた刀が三鳥毛です。

一文字則宗は「古刀最上作」

「古刀」は作刀された時代を表します。
「古刀」「中古刀」「末古刀」「新刀」「新々刀」の5段階。
「古刀」は938~1318年頃の作刀です。

「最上作」は刀工の位列を表し、順番は「最上作」「上々作」「上作」「中上作」「中作」の5段階。

例えば「古刀最上作」は三条宗近、古備前包平、「中古刀最上作」は来国俊、「末古刀最上作」は和泉守兼定、千子村正など、刀剣乱舞でもよく聞く名前がたくさんあります。

一文字則宗 来歴

鍛冶

鎌倉時代、後鳥羽上皇は山城(京都府南部)、備前(岡山県東部~兵庫県)、備中(岡山県西部)から12人の名工を集め作刀をさせました。

則宗は福岡一文字派の始祖であり、後鳥羽上皇の御番鍛冶(ごばんかじ)の中でも第一位とされました。

則宗はその功績により、後鳥羽上皇から菊紋や一文字を切ることを許されたといいます。

御番鍛冶とは

1か月ごとの当番制で鍛刀を行うことです。

則宗は正月番、つまり1月の鍛冶当番でした。

しかし実際に則宗が切った銘に一文字や菊紋は存在しません。

則宗の銘は「則宗」の2文字のみだそうです。

菊紋のある作は後鳥羽上皇の作、もしくは代作と言われています。

福岡一文字派

茎(なかご)に「一」の銘を切ったことから福岡一文字派と呼ばれています。

「一」は「天下一」の「一」を表しているそうです。

この一文字を使ったのは則宗より後の世代と言われています。

後鳥羽上皇と刀剣

後鳥羽上皇は刀剣をこよなく愛し、目利きの腕も確かなものであったそうです。

刀鍛冶を全国から集めるだけではなく、自らも鍛刀するほどだったとか。

最高位の天皇が自ら働くことで、刀鍛冶の地位が上がるきっかけにもなりました。

後鳥羽上皇作の刀は「菊御作」(きくごさく)として後世に伝えられました。

「菊御作」は御物が2振り、その他数振りが現存しています。

菊一文字則宗は存在する?

菊の御紋

結論として「菊一文字則宗」は存在しません。

前述のとおり、則宗の作刀で菊紋に「一」が切られたものは現存していないからです。

ではなぜ「菊一文字」という名があるのでしょうか?

それは、後鳥羽上皇が則宗に作らせた刀すべてを「菊一文字」と称したからです。

則宗の作刀に後鳥羽上皇が焼刃(やきば)をしたものは「菊御作」であり「菊一文字」でもあるのです。

共同で作った刀だからこそ、呼び方が統一しなかったのかもしれませんね。

もしくは、宗則は菊紋を切ることが許されていたので「則宗は菊紋を切っているはず」と考えた人がいるのかもしれません。

また、則宗の傑作に後鳥羽上皇が菊紋を切り、これが「菊一文字」と呼ばれたという説もあります。

なにはともあれ、「菊一文字」という銘はなく、そう称されたことが後世に伝わったと思われます。

これが一文字則宗の逸話・伝説になっています。

沖田総司の愛刀、菊一文字とは?

新選組 屯所跡

新選組一番隊組長、沖田総司の刀と言えば、菊一文字、加州清光、大和守安定の3振りです。

有名な池田屋事件では「加州清光」の帽子(刃先)が折れたという話もあり、実践には「加州清光」と「大和守安定」を使っていたようです。

大和守安定は沖田の敬愛する新選組局長、近藤勇の愛刀である「長曽祢虎徹」に似ており、好んで差していたという話があります。

では「菊一文字」の逸話はどこから来たものでしょうか?

これは小説「新選組始末記」(子母澤寛)で沖田が菊一文字を所持していると書かれたことに端を発します。

その後に出た小説「新選組血風録」(司馬遼太郎)にも菊一文字が話に登場。

沖田の菊一文字所持説が広まりました。

しかし、菊一文字は江戸時代には既に貴重かつ高価なものであったため、一剣客の沖田が所持していた可能性は否定されています。

このため、小説は創作ではないかと言うのが一般的な見方のようです。

また作品に登場する、菊一文字と一文字則宗との関係も実のところ不明です。

沖田総司は無類の剣豪、若いながらも新選組最強と言われた剣士です。

その素顔は陽気で明るく天真爛漫であったそう。

結核を発症し27歳という若さで亡くなりますが、これほどの剣士が病気で夭折したのは数奇な運命という他ありません。

沖田総司の逸話と重ね合わせ、菊一文字を所持していたと考えるのもまた一興ではないでしょうか。

刀剣男士 一文字則宗

おじいちゃんが増えた!

勝手についてきて居座るおじいちゃんが可愛い。言葉の端々から自由奔放に本丸で過ごす姿が想像できます。

若者に愛を説くおじいちゃんなんて素敵じゃないですか。

華やかな一文字の作風らしく、衣装も絢爛です。

一万両の名刀

一万両の名刀とは菊一文字のことで、一文字則宗は自身についてこう称しています。

この菊一文字は、存在しない刀(菊一文字則宗)ですが、強い逸話(沖田の刀)を持っています。

強い逸話は、関係性のある加州清光をも結びつけるのでしょうか。

天才剣士のこと

「その天才剣士のことを、物語の上でしか知らない」と言う一文字則宗。

沖田総司とは物語上(新選組始末記)で出会っているのでは?と思いました。

歪(いびつ)なもの

歪なものとは、人の意思が介在しているもの。

人が心をこめたものは歪である、だけど美しいってことですか?御前。

特命調査「慶応甲府」のベースになっている歴史について読む↓

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